『正法眼蔵』「道心」 (11) 第104号
またつねに袈裟をかけて、坐禅すべし。
袈裟は第三生に得道する先躍あり。すでに三世の諸佛の
衣なり。功徳はかるべからず。坐禅は三界の法にあらず、
佛祖の法なり。
正法眼蔵道心
年号不レ記
〔訳〕
また、つねにお袈裟を掛けて、坐禅せよ。
お袈裟は、次の次の生(しよう)、すなわち第三生に仏道を悟ることが出
来たのがインドの蓮華色比丘尼(れんげしきびくに)。彼女は、遊女のとき、たわむれ
てお袈裟をかぶっておどった縁によって悟ることが出来たという
先例がある(インドは三世観である)。
すでに、過去、現在、未来の三世のもろもろの仏たちの衣服で
ある。その功徳ははかり知ることも出来ないほどである。坐禅は、
この世のおしえではなく、この世を超えた仏や祖師たちの真理で
ある。

また、お袈裟を掛けて坐禅をする。お袈裟は、出家も、在家も、
掛けるのである。これが、道元禅師のお示しである。
坐禅は、仏さまのおしえである。禅宗の禅ではない。曹洞宗と
か臨済宗の禅ではない。仏祖の正伝のおしえである。
坐禅は、すべてのはじまりであり、すべてのおさまるところで
あります。
そういう坐禅が、「道心」の巻に説かれる坐禅であります。

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